エゾ鹿猟
写真・文 笠井真美子 Photo and text by Mamiko Kasai
2012年12月、2013年1月 撮影
冬のエゾ鹿猟に同行取材した。
北海道では近年、エゾ鹿の生息数が増加、農林業被害や生態系保全への対策が急務とされてきた。狩猟者は個体数管理・生態系保全の役割も担っている。
獲物を自然の恵みとしてその命を敬い、食す目的で狩りをする狩猟者に同行した。
そうした狩猟者は野生の命と向き合う最前線にいると感じた。
生息密度の高い場所には鹿道ができている。
鹿が行き来した足跡で踏み固められている。
エゾ鹿が食べた後の笹の葉。
地面に重しをかけたような楕円型は鹿が休んでいた寝跡。天気の良い時は下が見渡せる日当たりの良い尾根で休むこともある。
人が尾根に上がる手前で鹿の「ピー!」という甲高い鳴き声が突然響いた。人の姿を上から見て仲間に知らせる時に鳴く警戒鳴きだった。
エゾ鹿の生息数が多い場所では猛禽類を見かけることも多い。鳥類はエゾ鹿の残滓にありつくことを狙っている。
古くからカラスは狩猟者に獲物のいる場所を道案内するとも言われている。先ほどの寝跡の手前で鹿に逃げられるまではカラスが近くで鳴きながらついてきているのを確かに感じていた。
首に一発で仕留め、倒れこんで即死した直後。
一発首撃ちは苦しませずに即死させる理想的な撃ち方。
3才くらいのメスだった。
狩猟者登録バッジと鹿猟に使われる銃弾。
弾頭がプラスチックで覆われている散弾銃の一発弾(サボットスラッグ)と中央はライフル銃の弾。ライフル銃は散弾銃の所持実績が10年以上経たないと所持できない。
命を獲る弾は一発に重みがある。
鹿は夜行性で夜間に採餌する。日没と日の出前後は鹿が移動する時間帯のため目撃しやすい。
一日自然の中に身をおき、狩猟という古来からの人の営みに随行していると、食べるために獲るということはごく自然な行為だと思えた。
あっという間に日が暮れ、車のライトで照らしての解体作業。
鹿はこの世に残した体の全てを捧げてくれている。あとは丁寧に解体し、心からその命に感謝して肉を頂けば鹿の魂も納得して天に昇っていくだろう。内臓を抜き出され皮を剥がれても、エゾ鹿はどんな姿になっても美しかった。
鹿はこの世に残した体の全てを捧げてくれている。あとは丁寧に解体し、心からその命に感謝して肉を頂けば鹿の魂も納得して天に昇っていくだろう。内臓を抜き出され皮を剥がれても、エゾ鹿はどんな姿になっても美しかった。
12月。狩猟歴32年の熟練猟師が仕留めたオス鹿。ライフル銃で首撃ち一発で仕留め、獲った直後に血抜き済み。猟場の近くに解体小屋があり一人で解体処理をしている。この日は若手ハンターらが見学。皮を剥ぐと鹿の身体から湯気が立ち上る。
背中の皮を剥ぐ。始まりからわずか15分程で処理が終わった。
鮮やかな手さばき。短時間での解体は熟練ゆえのこと。
解体したエゾ鹿肉は低温の保管庫で熟成させる。
1週間ほど熟成させると旨味が増す。
自ら獲ったエゾ鹿のヒレ肉をステーキにしてふるまってくれた。
美味しい肉にする秘訣は、撃ち方、血抜き、解体処理、熟成度合いまで、その行程のどれか一つ悪くても味落ちの原因になるという。熟達された技による鹿肉は全く臭みがない。
肉質は鹿が食べていたものによっても左右される。
丁寧に調理され、鹿肉の風味と滋味溢れる味わいが口の中に広がっていく。
エゾ鹿は初冬から冬にかけて旬である。
鹿が行き来した雪野原。全て鹿の足跡。忍び猟同行中に撮影。
狩りの場に行けば、いにしえから続く人と動物の関係―食べるために撃つ・撃たれる―という自然そのままの関係に戻る。そうした関係も人と動物の歴史の中の一つだと改めて思わされた。
深い山の中、数人で猟をしていると仲間の連帯感も生まれ、人同士のつながりも実感させられる。
近年、狩猟者が減少し高齢化が進んでいる。ベテランから若手へ狩猟の技術や智恵の継承が必要とされている。
初出:電子雑誌Lapiz 2013年
















